AKEBONO REPORT 2014
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 毎年、約350社の報告書を精査していますが、説得力に富む報告書は、明確かつ具体的な編集方針が記載され、その軸がトップメッセージや特集、各項目に貫かれています。本報告者は、その好例の一つといえるでしょう。 2013年12月、国際統合報告審議会(IIRC)は、国際統合報告フレームワークを公表しましたが、このことによりわが国の企業報告の統合報告指向が一層進行すると思われます。「AKEBONO REPORT」は、昨年フレームワークの指導原則「戦略的焦点と将来志向」を念頭に開示を試みましたが、本報告書ではさらに内容要素の「戦略と資源配分」(組織はどこを目指すのか、また、どのようにそこに辿り着くのか)を強く意識して記載されています。統合報告書であることを主張するためには、フレームワークにイタリック体で明示された要求事項に応えなければなりませんが、昨年から確実にその対応に歩を進めているといえます。次年度に向けては、特に“重要性の決定”に注力していただきたいと思います。 本報告書は創業85周年という大きな節目に発行されました。周年時の報告書は、ややもすると、過去の振り返り、特に成功体験に紙幅を割き、過去から何を学び将来にどのように活かすのかという視点が欠如してしまいます。しかし、本報告書は、前述の指導原則や内容要素に準拠した結果、将来志向に焦点を当てた記載が随所に見ることができます。特にトップメッセージと特集「100周年に向けて」は、将来志向を明確に読み取ることができます。 トップメッセージでは、「真のグローバリゼーション」としての「ダイバーシティ&インクルージョン」(多様性を受容し、力を活かす)と「人格を持つ人という存在にとってやりやすい作業」への言及が、強いメッセージとして伝わります。特に後者は、ILOのフィラデルフィア宣言で謳われた「労働は商品ではない」という根本原則を想起させます。わが国は先進国の中で特異な労働慣行があり、過労死やメンタルヘルス疾患などが増大の一途にある現在、非常に重要な視点と考えます。また、さらなるグローバル化を進展させる貴社にとって、非正規を含む従業員の人権保護やディーセント・ワーク(公正で好ましい条件での仕事)の実現に向けて一層の努力を期待します。その進捗状況の開示の一端として、さらなる労働CSRに関する最重要業績評価指標(KPI)の定量開示をしていただきたいと思います。 特集「100周年に向けて」は、各メンバーがこの間の活動の中で、多くの“危機感“や“問題意識”を獲得したことが伝わります。特にフォアキャスティングではなく、100周年のあるべき姿から5年後、2年後などにどうあるべきかというバックキャスティングの発想や従来型の縦割り思考であるサイロ思考から脱皮してIIRCが「企業価値の創造において、重要な要素間の結合性と相互依存関係を考慮に入れること」と定義する“統合思考“の萌芽がみられる点は高く評価できます。重要なことは、これらの発想や思考を全従業員が共有することです。戦略を共有し、統合思考を醸成することは企業価値を確実に高め、IIRCの意図する統合報告への王道と考えます。 統合報告書を軸とした企業報告の充実に向け、3点提案したいと思います。 IIRCは指導原則の一つに「簡潔性」をあげています。本報告書の73頁というボリュームは「簡潔性」を実現しているとは思われません。一方、IIRCは統合報告書を基本報告書として位置付けており、既存の財務報告書やCSR報告書などと並存させ、リンクさせることを示しています。そこで、前述の“重要性の決定”によって「簡潔性」を実現し、他のCSR情報をデータブックなどに掲載したらいかがでしょうか。「簡潔性」のためにCSR情報開示の後退は社会的に容認されません。 2点目は、指導原則で示す「完全性:正と負の両面のバランスの取れた開示」です。負の側面については、本報告書においてもアスベスト問題やブレーキダストが記載されていますが、さらに問題意識を高め負の側面へのデュー・ディリジェンス(予防的な調査・評価)を実施していただきたいと思います。負の側面への直視は決してネガティブな行為でなく、経営、技術のイノベーションの源泉になります。 3点目は非財務情報と財務情報の関連付けです。例えば、ブレーキダスト問題の解決が環境保全の側面とともにユーザーの支持によりどのように売り上げに貢献するのかという側面への言及です。※ 循環型社会研究会:次世代に継承すべき自然生態系と調和した社会の在り方を地球的視点から考察し、地域における市民、事業者、行政の循環型社会形成に向けた取り組みの研究、支援、実践を行うことを目的とする市民団体。研究会内のCSRワークショップで、CSRのあるべき姿を研究し、提言している。URL:http://junkanken.com/第三者意見報告書全体に戦略と将来志向が貫かれている特定非営利活動法人 循環型社会研究会代表 山口民雄

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